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やる気が出ない時は、まず1分だけ動いてみる

◾️「やる気出ねぇわー」

この言葉を、今まで一体
何度つぶやいてきただろうか。

面倒くさい。何もしたくない。でも何もしないと後でもっと面倒くさいことになって、きっと後悔するのも分かっている…

誰でもこんなふうに感じる時があると思います。私自身も庭仕事や、散らかった部屋を前に、足が止まったことがしょっちゅうでした。

しかしそんな気持ちを何度も何度も、何十年もの間をくぐり抜けて、私はひとつの答えにたどり着きました。

◾️やる気とは、「動けない自分が生んだ願望(幻)」

「やる気が欲しい」と思っている時。その裏側には大抵『今は動きたくない』という本音がある。

なぜなら、本当にやりたいことに“やる気”なんて要らないからです。誰に言われなくてもやってしまう事に、動く理由など要らない。

つまり“やる気”とは『いま動けない自分が、なんとか己を動かしたいと願う時に生まれる”頭の中の小さな幻想”なのだ』と思います。

◾️「やる気を出そうとする」のではなく、「まず移動する」

では、どうすればいいのか?
私が出した結論はとてもシンプルでした。

 
それは、

 

「1分でもいいから、その場から離れてみること」

 

やる気なんか出そうとしなくていい。ただ立ち上がって隣の部屋などに行ってみるだけでもいい。あるいは道具をちょっと手に取ってみたりする。それだけでいい。

そうやって体をほんの少しでも動かすことで体温がわずかに上がります。その熱が脳にほんの少しの“補助エネルギー”を送ってくれる。

そのように解釈することで、私の中ではいつしか『やる気が出ない=移動のサイン』へと結びつました。

◾️動いてみて、それでも無理なら立ち止まっていい

もし移動してみたとして、「それでもやっぱりダメだわ〜」と感じるなら、その時は無理に続ける必要は無いと思います。ただしその時は、少し立ち止まって自分に問いかけてみるといいと思います。

「これは本当にやりたい事だったのだろうか?ひょっとしてこれは誰かに言われた“やるべきこと”だったのではないだろうか?」と。

たとえやりたい事であったとしても、続けるには一時的な「我慢が必要なとき」はあるものです。でも、「自分が無理をしている」と感じるなら、心のどこかで自分自身に対する”ボタンのかけ違い”があった可能性もあるのかもしれません。

“我慢”“無理”には明確な違いがあります。それは「目的の有無。あとそれに対する反応の違い」です。

◾️すべては頭の中で起きていること

「やる気が出ない」というあの重たい感覚。その正体は、すべて“頭の中だけで起きている現象”なのだと気づいた時、私は少しだけ肩の力が抜けました。

「なんだ!これって『自分自身を現状に押し留めて一時の安心感を得ようとする“現状維持装置”(ホメオスタシス)が働いてるだけなんだな』と、体感レベルで理解しました。

◾️1分動けば、“さっきの私”を超えている

何かを始めるのに、大きな気合いや根性なんて必要ないです。ほんの1分だけでも動いてみる。しかしそのたった1分によって「やらないままだった私」との間には、はっきりとした境界線ができます。

それでも動けないのなら、せめて隣の部屋に移動するだけでいい。それだけで十分。そんな単純な行動だけでも、それは確かな前進の始まりであり、繰り返すことで“始める力”は自然と育っていきます。

 

どんなに小さな一歩でも、

たとえ1cmの移動でも、

動いたという“エネルギー”が生まれたなら、

それはもう、確かに自分を変えている証なのです。

 

◾️おわりに

やる気とは待つものではないし、
誰かに託すものでもない。

それよりも、

自分の手で“今いるその場所からほんの少しでも移動する”こと。そうするだけで心も連動し、事は静かに動き始める。

そんな“小さな前進”の意味に気がつけば、その時点ですでに人生の流れを確実に変えている。

私は、そう信じています。

この記事の著者

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田中 俊郎

幼少期に遭遇した運命的な事故を克服し、心身の健康を取り戻すための独自のアプローチを確立。JADPメンタル心理カウンセラーや整体ボディケアセラピスト、太気至誠拳法や居合など多様な資格と技術を持ち、現在は「ヒーラーの田中」として、苦しむ人々の心身の健康回復を支援しています。